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最近のGoogleについて

最近(というか5-6年前から)Google がちょっと目に余りますね。数年前に、「あなたのホームページはこう変えたほうがいい」などと言ってきました。「余計なお世話」と返しておきましたが、まるでインターネットが自分のものみたいですね。最近は私のホームページを「フィッシング」だと言いふらしていました。全く迷惑な話です。

また、Androidを使っていますが、電池の持ちが第一なのでGoogleのサービスはできる限り削除しています。Chromeも削除しています。しかし、「・・・と言ってみてください」というのはrootを取らないと消せないみたいです。どうせ、Linuxの一種なのでどうにでもなると思いますが、時間がないのであまり追求していません。

YoutubeもGoogleが作ったものではありませんが、そう勘違いしている人も多いようですね。

ブートマネージャ

今でいう「ブートマネージャ」は私が発明しました。その時は「ブートマネージャ」ではなく「XDISK」といいました。じつは趣味で作りました。仕事ではありません。なんで作ったかというと、OS/2というOSを開発するときに、ちょっと問題があったからです。毎日新しいバージョンをビルドするのですが、テストをするときにあるバグがどのバージョンで発生したかを調べたいのです。しかし、そのころPCは非常に高価なので、台数が限られていました。ですので、古いバージョンを試すためにはまた古いバージョンを導入する必要がありました。これが、フロッピーディスクを10枚も20枚も使って導入するので、あまりにも大変でした。そこで、一つのハードディスクにOSを15個まで同時に導入する目的で作ったのです。正確に言うと、DOSやOS/2を15個とUNIXをひとつ導入し、コモンのD:ドライブにテストケースを入れられるようにしました。WindowsはDOSのフロントエンドだったのでDOSに含めます。

現在よくある(LinuxやWindowsやMAC)に使用されているブートマネージャとの違いはOSの導入されているドライブは同じC:ドライブとして見え、D:ドライブは共通にアクセスできるという点です。テストケースは全く変更せずどのバージョンのOSでもテストできるんです!立ち上げたOSから他のOSは全く見えないようになっていました。BIOSのレベルでOSをだましていました。

しかし、目的とは違って、I社のみなさんはOS/2とWindowsを両方導入するのに使用していました。特許を取るのを忘れたので損をしてしまいました。特許のことに気づいた時には営業の人たちがお客様のところで使ってしまっていたということです。ただ、このおかげで私は会社の中でちょっと有名になりました。台湾に出張に行った時にはみなさんが私の名前を知っていました~。

しかし、今はLinuxもWindowsもMacもブートマネージャを持ってますね。アイディアとしては私の真似ではないですか。少しはお礼を言ってもらいたいものです。まあ、いいですけど・・・ちなみに、その後OS/2にもブートマネージャが搭載されました。これは、アメリカの本社のひとたちが「ソースコードを欲しい」と言ったので私のマネージャが彼らに送ったのがもとになっていると思われます。ただ、仕様はLinuxやWindowsやMacのものとほぼ同じとなっています。

昔はPCで漢字が使用できなかった

今は普通にパソコンで漢字を入力したり表示したりしています。しかし、私がI社に入ったときは全て英語でした。我々が漢字DOSを作ってからパソコンで漢字が使えるようになったのです。BIOSのINT 10H (Display IO)で漢字が出るようにしたのです。自分でも忘れてました。不思議な感じがします。

かな漢字変換は同僚の担当でした。ですので、詳しいことは知りません。その後、JUST SYSTEMが「一太郎」を作ったときにATOKを作ったと思います。

エンコーディングと改行

パソコンをやっていて躓き易いことの中に、エンコーディングと改行があります。

エンコーディングとは文字を数字で表すための方法で、"Shift-JIS", "JIS", "EUC", "UTF-8" などいろいろな物があります。改行を文字で表す方法には "CR+LF(Windows)"、"LF(UNIX)"、"CR(Mac)" の3種類があります。

これらを意識しないと上手くいかないことも多いと思います。本日、日記 (Diary) を平文にて整理していましたが、エンコードは"UTF-8"、改行は"CR+LF"としました。はじめは改行は"LF"のみにしようと思いました。しかし、まだWindowsを使用する機会が圧倒的に多く、Notepadで開いたときに全文が1行になってしまい、自分でびっくりするのを避けるために"CR+LF"としました。

(追記)あと「BOMなし」と「BOMあり」の違いがありますが、長くなりますのでここでは省略いたします。また、ここで言っているのはテキストファイルのことです。バイナリーファイルにおいては当然ながらなんの制約もありません。

これからパソコン(PC)のことも書きます

昔のことなのでうろ覚えで、もし間違っていたら申し訳ございません。難しいところがあれば、ウィキペディアでもを引きながら読んでください。私もそのような物を見ながら思い出しながら書きます。まあ、誰も見ていないとは思いますが…

私がとある外資系IT企業(以下I社)に入社したのは1983年でした。この直前、I社は他社に対抗してパソコンを世に送り出しました。他社とは現在A社などに発展した会社を含みます。そして、日本では「一台3役」と名乗って「PC5550」というパソコンを作成中でした。「一台3役」とは、以下の3つのことです。
1)パソコン機能
2)ワープロ機能
3)3270ターミナル機能
で、一台のハードウェアで3つの機能を切り替えて使える、という意味です。

このハードウェアなのですが,英語版(以下US版)と日本版ではアーキテクチャが全くことなり、CPUも同じインテルではありますが、8088と8086という違いがありました。一番大きな違いは割込みコントローラ(PIC)の設定の違いだったと思います。コントローラ自体は同じインテルの8259A PICでしたが、US版ではエッジトリガで日本版ではレベルトリガに設定されていました。いきなり専門用語になってしまいすみません。私的には日本版のレベルトリガのほうが優れていると思います。なぜなら、レベルトリガのほうが、複数のハードウェアが同時(1つの割り込みの処理中に次の割り込みが入った場合のことです)に同じ割込み番号に割込みをかけたときの処理がうまくできるからです。

そうそう、もっと大きな違いがありました。それはバス(BUS)の違いです。簡単に言うと、今でもそうですが、デスクトップは(当時はノートブック型パソコンなどはなかった)グラフィックカードなどをマザーボードに差し込むでしょう。そのコネクタの形状がちがうので、US版PC用に作ったカードもしくは追加のハードウェアは日本語版には差せない。日本語版用に作ったカードはUS版PCには差せないということです。

オペレーティングシステムはUS版も日本版もDOSで一応M社から買っているという形でした。違いは日本版はUS版に漢字やひらがななどを扱える機能を追加したということです。そして、DOSはハードウェアを直接操作することは無く、間にBIOSというインターフェースを挟んで実行されていました。

私の使命はBIOSのうち、ディスプレイの部分の日本語化でした。私たちはINT10Hという風に呼んでいました。この意味は16進数の10H(10進数でいうと16)番目のソフトウェア割込みをかけたときに実行されるプログラムもしくはルーチンという意味です。

今日はここまでにしましょうか。
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